はじめに
坐禅を始める前、私はこう思っていました。
「静かに座れば、心も静かになるはずだ」
けれど実際に座ってみると、現れたのは静けさではなく、
次から次へと浮かんでくる雑念でした。
静かにしたつもりで、騒がしさに気づく
坐禅をしていると、
- 昨日の出来事
- これからの予定
- どうでもいい記憶
さまざまな考えが、途切れることなく浮かんできます。
むしろ、普段よりもはっきりと感じることさえあります。
けれど、それは悪いことではありません。
これまで気づかなかっただけで、
もともと心はこれだけ動いていたということです。
雑念は消すものではなかった
最初の頃は、
「なんとかして消さなければ」
と思っていました。
しかし、消そうとすればするほど、
かえって強く意識してしまう。
そこで気づきます。
雑念は消すものではない
ということに。
気づいて、戻る
坐禅の中でやることは、とてもシンプルです。
- 雑念に気づく
- 呼吸に戻る
それだけです。
何度でも、何度でも。
向き合うということ
雑念と向き合うとは、
戦うことでも、排除することでもありません。
ただ、
「そこにある」と認めること
です。
そうすると、不思議なことに、
少しずつ距離が生まれてきます。
少しずつ変わっていく感覚
続けていくうちに、
- 雑念に飲み込まれにくくなる
- 気づくまでの時間が短くなる
- 戻ることが自然になる
そんな変化が現れます。
雑念が消えるわけではありません。
ただ、
関わり方が変わる
のです。
日常の中での変化
この感覚は、坐禅の時間だけで終わりません。
- イライラしたとき
- 不安になったとき
その瞬間に、
「あ、今こういう状態だな」
と気づけるようになります。
それだけで、
少し落ち着いて対応できるようになるのです。
坐禅は特別な時間ではない
坐禅は、何か特別な体験をするためのものではありません。
むしろ、
普段の自分に気づく時間
です。
何も起きていないようで、
実はとても多くのことが起きている。
それを静かに見ているだけです。
関連記事
👉 坐禅のやり方(姿勢・呼吸)
👉 瞑想のやり方(初心者向け)
👉 雑念が止まらないときの対処法
おわりに
坐禅をして見えてきたのは、
「心を静かにする方法」ではなく、
**「心の動きに気づく感覚」**でした。
雑念はなくならない。
けれど、それに振り回されることは少しずつ減っていく。
その変化は、とても静かで、
そして確かなものです。
今日もまた、座ってみます。
何も変わらないようで、少しずつ変わっていく時間の中に。